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日々是運動(コラム)


幸せな休日


1月4日

ぐわーん!!ぐわーん!!

何ごとか?

ぐわーん、ぐわーん!!

ひえーっ!

たまらず毛布を頭からかぶりおののいた。おそるおそるカーテンを開ける。

ぐわーん!!ぐわーん!!ぐわーん!!ぐわーん!!ぐわーん!!

なんと寝ている部屋、この4階の窓のどまん前には馬鹿大きい鐘楼があり、けたたましく時をつげていたのだ。

時?

ばっと時計かわりの携帯をのぞくと、午前6時。

外はまだ暗い。すっかりばっちり目がさめたので顔を洗い、洗面台でヒゲソリを丁寧にした。
きょうはここにもう一晩泊まれる。まる一日移動のない日だ。まさに「休日の中の唯一の休日」なーんて馬鹿なことを考えては自分で勝手に受けていた。イヒヒヒ(あぶない)。
こんなばかげたことも今日はありなのだ。

旅行中にしみじみ思うのもおかしいのだが、今日は久しぶりに「なんの束縛もない一日」なのだ。仕事も家事も、ヒコーキの時間も関係ないのだ。

息子、起きる。また鐘がぐわーん!!ぐわーん!!と鳴る。

外がやや薄暗くなる。カーテンをフルオープンにする。外にある鐘楼の全体像がはっきりとしてきた。なかなかの風格である。

夜は思ったより冷えたのだが、毛布と掛布一枚さえしっかりかけていれば平気だった。

最低限の持ち物だけを支度して、息子と下の食堂ににおりた。

階段をおりる途中、下からはまるで言い争いのような声がする。おばあさんと娘さん?の会話ようである。
ラテンなおうちによくある光景だな、なんて思ってたらなぜかふたりともなごやかであった。きのうバスで横聞きした「わからん」言語と同じだった。

起こり口調がマルタ語の特徴なんだろうか?

我々をみるなり、おばあちゃんがうれしそうに息子を食堂に招き入れ、頭をなでた。あまりにも気分がいいのでグットモーニング!とつい現場声で叫んでしまう。

奥から娘さん(といってもおばちゃんだが)がポットを運びながらグッモーニン、と低い声でいってくれた。
おばあちゃんがまたうれしそうに朝飯のパンを焼いてもってきてくれた。
こんどはおじちゃんの登場だ。思ったより老けていたので、実はおじいちゃんだったのだ。ここは老夫婦が経営していたのか。

娘さんはわきの椅子に腰を降ろすとなにやら薬のカプセルみたいなのを何粒か飲んでいた。
食堂はこぢんまりとしていて、家庭の味たっぷりだ。クリスマスかざりがへやいっぱいにあった。カトリックの国。

おじいちゃんがTVをつけた。バリバリのマルタ語放送だ。さっぱりわからん。おじいちゃんがとっさに気をきかせて英語放送にかえてくれる。でも俺はエーゴがわからん(笑)。

窓の外をチラとみてみる。雲がすごいイキオイであちこちにちらばっていくのが見える。こんなに早くながれる雲なんて久しぶりに見た。びゅうびゅうごうごうという音が聞こえる。風がトップスピードになっている。
「どこに行くんだい?」とおじいちゃんがニコニコしながら聞いてきた。
どこにいくわけではない。ついこんな言葉を口にしてしまった。

ゴウ・トゥ・ピクニック!

食べおわるとすぐさま上着を着て、でかけようとした。おじいちゃんには5時には帰ります。と伝えた。おじいちゃんは 何か俺にいろいろ言ってくれた。がまったく意味がわからなかった。
わからんけどお互いニコニコして手を振った。

表にでた。空を見上げる。さっきまでびゅうびゅうと流れていた雲の全容がわかった。
すっかりと明るくなった朝の街へと繰り出す。さっそく石段の下の方からてんてんてん、とねこが歩いて目の前を通りすぎていく。息子が興奮する。
今度はまるで自分がねこになったかのように勝手にてんてんてん、と先走っていく。きょうの行動計画はこいつの好きにやらせてみようか。と考えているのでもうお任せだ。

ヴァレッタ。
なんとまあ古い街だろう。さすが街ごと世界遺産だ。石造りの家が目の前から遠く(向こう側の海のほう)まで延々と続く。壮観である。

空は雲がぱーっと遠くに退散していた。風がびゅうびゅうと吹いていた。

ヴァレッタの街は半島をまるごとそのまま砦にしてしまった街のようで、端っこにいくと真下は垂直の断崖絶壁である。何度も繰り返すようだが街並みは本当に古い石造りで、中世そのままの風景にはためいきがでてしまう。
その壮観ぷりたるやナポリやバーリの旧市街どころではない。

「ねこ!ねこ!」と叫びながら息子は「写るんです」の35mmをあちこちに向けてはバシャバシャと撮影していた。海沿いをただひたすら歩いてついていく。
断崖絶壁の上から下をみると、たくさんの漁師小屋がある。
釣りをしているおじさんが何人か見えた。
さっきまで「ねこ!ねこ!」と喜んでいた息子はこんどは下のほうのぞきこんで「おおぉー」と声をあげた。
みてみると漁師小屋の屋根に3匹ほどねこがたむろしてて、そのうちの一人がねずみをとっつかまえてがぶがぶしている。
しばらく進むとこんどは釣り人が釣り糸をたらしてる後ろから、5〜6匹のねこがみんなつりざおの先をじっとみはっている。おもしろい。
そのうちの1匹ががまんできずに釣り人のバケツに手を突っ込み、釣り人に「ベシ!」とたたかれて痛がって逃げていた。息子と大爆笑。

少し先にいくと、漁師小屋まで下りる階段があった。それも石をきりだしたようなやつ。

何も考えずにてくてくと下りていくと、急に景色が急変した。

断崖の石壁、果てしなく青い空、そしてマリンブルーにはほど遠いーなにか金属的な群青色の海だ。目にはいる光景はこの3つだけ。

いままでの人生でこんな色彩はみたことがない。おもわず息を飲む、ごくりと。
手掘りの階段に足もとがふらつきながらも、岩壁の最前線にたどりつく。風はさらに強く、ごうごうと音を立てる。
ごうごうと音をたてているのは風だけではない、波の音だ!

岩壁の最下段はちゃんとフラットに整形されており、石畳をちゃんと敷いてある。前方にはなにやら直線的な岩の造形物があった。
昨日の雨なのか、それとも波がここまでおしよせてきたのかわからんがそれは頭からずぶぬれとなっていた。周囲にはおびただしい数の「水溜まり」があり、中にはカニがガサゴソとしていた。この巨大な岩とそのまわりのおびただしい「水溜まり」が人工的なものなのか自然現象でここまでになったのかは想像がつかない。

先走っていく息子が、前方で釣り人におこられている。崖の下でものぞこうとして止められたのだろう。
馬鹿ものめ。急いで駆け寄ると、釣り人は片手で「こーんな波がくるんだぞ!小僧」というようなジェスチャーをしている。おお!それはまさしくテツトモの「なんでだろう」のワンハンド・スローモーション・バージョン?などとツッコミ入れてる場合ではない、失礼。

俺は釣り人に手を挙げて「すみませーん」のサインを送った。
息子は怒鳴られてかなりドッキリした様子だったが、全然わるびれもせずに「さかな、見えなかったな」とけろっと言い切った。このヤロ!

釣り人はこちらをみてニコニコとしている。本当にすみません。

ただ、潮の流れや波のたち方を注意してみてみると息子の行動はかなりの危険行為だとわかった。金属的な深い群青色のうねりにはものすごい物理的なエネルギー、そして「殺気」を感じるのだ。
さきほどから岩だ岩だといっている奴。これ何か不思議な材質なのだ。石段をおりるときにふと触れたときのざらっとした変な感触といい、光にあたったときの鮮やかすぎる黄色具合といい、おなじ海の断崖絶壁の岩でも南伊豆のそれとは全然ちがうのだ。

ここから見上げれば完全に晴れた空の不思議な青色、岩肌の不思議な黄色、そして眼の前に不気味にうねる金属的な群青色。
この3色がそれぞれキョーレツに目に刺さってくる。

なにか一ヶ所だけしぶきが連続して上がっているのが見える。近寄るとそこにはかなり暴力的に波が打ち続けている場所があった。それはかなりでかく、見ているだけで背中がぞくぞくしてくる。
地中海のどまんなかにあるマルタ島。写真かなんかでこの島を見たときは、お気楽なリゾートアイランドのようなちゃぷちゃぷな海を想像してた。
でも今ココにいるヴァレッタの海、どうみても「冬の日本海」にしかみえないじゃんよ?
うーん演歌の世界だ。

半島の突端にたどりついた。ここがヴァレッタの見張り台よ、といわんばかりの石造りのやぐらが見える。石段をあがり、窓からのぞく。おおっと!アブねえ。下は荒れ狂う海。

目の前には橋桁の残骸のようなものが見える。それははるか昔に建造したものなのか、はたまた最近建設したものかはわからんが、ちょこざいなものはすべて波にブッ壊される運命なのか。
石段をおりるとき、サビサビになって朽ち果てる運命にある「鉄」の手摺りに触れながらなんとはなく感じるものがあった。

半島を周りきった。はるか先には、もう絶壁コースも終わりに近づくようなルートが見えた。ぼちぼち、街にもどるとする。漁師小屋とか海の家みたいなレストランが何件か見えてくる。上にはやたら馬鹿でかい教会がみえた。
そういや断崖コースを歩いていても釣り人が2、3人いるだけで他には誰ともすれちがわなかったな。

街の方へと上がっていく。ふと石段の上からいぬがてんてんてんと歩いてくる。いぬだけ。主人なし。息子が「うわ!」なんてわめくのもかまわず、てんてんてん、といぬは通り過ぎていった。

高台の広場で休んだ。昨日のアリタリア機内食をひっぱりだし、息子にさしだした。息子はうまいうまいといいながらとっとと腹の中に収めた。

不意に、「ピッ」というホイッスルの音となにやら大勢のこどものはしゃぐ声が聞こえてくる。
どこだ?俺はさっと高いところに登る。反対側にある城壁のような別の高台の上でにはおそろいのジャージを着たこどもたちがフットボールをしている。
俺はそれをみて何か心にスイッチが入ったようだ。息子に「いくぞ、あそこに」と告げ、のしのしと歩いて向かっていった。
眼下にはバスターミナルと街の広場が見えた。どうやら今はシティゲートの真上を歩いているようだった。ヴァレッタは街ごと要塞なんだな、と感心した。

がすでに心は違う方向に向いていた。

バスターミナルの雑踏の中、先程の城壁へ抜けるゲートを発見。お邪魔します。
息子が「勝手に入っていいの?」と聞いてきた。いいんだよコノヤロ!
かまわずに入ろうとすると、看板があった。

VALLETTA FC/SALINOS GROUNDS

なる程。ゲートを抜けると事務所らしいものとバールみたいのが併設された小屋がある。そこにはちゃんとした看板もあり、コーチ陣らしき数人の男がたむろしていた。
俺は中にはいるなり、精一杯なヘタクソエーゴで言った。

はじめまして、ワタシはトーキョーでフットボールのコーチをしているものです。今日は休暇でここ、バレッタにいます。願わくば、練習をのぞかせていただけないでしょうか?

男の中のひとりが「私がコーチだが」とでてきてくれた。「きみはどうやってココを知ったのかい?」と言われる。間髪入れずに向こう側の高台広場をピッと指差す。納得。

男と握手をして、俺と息子は手招きされて練習場に向かうトンネルをくぐった。
練習場はフルコートとフットサルコートの2面あった。男、いやコーチは手短にスクールの概要と施設の説明をしたのち、いまからU9(9歳以下)の練習をやるからみててくれ、と告げた。下からはゾロゾロとこどもたちがやってきた。こどもたちは俺をじろじろみながらときおり他の子と俺をネタにしてじゃれついていた。
コーチは入り口でひとりひとりに違うコメントをかけながら握手をしてあいさつする。来る子達が「あの子は?」と息子をゆびさしてはコーチに聞いている。15人くらいのこどもが集まった。
コーチは二人。もうひとりのコーチがやってきてこちらにあいさつをした。俺も手短に自己紹介をした。
こどもたちがボールにさわりはじめる。ちょうどいま俺が担任をしている年代と同じだ。さーてどんなんでしょ?
最初に話したコーチが俺につきっきりで説明をくれた。ここではトップチームの選手を養成するわけではないこと、できる子もできない子もきちんとみていること。などなどご説明。
へえ。どこかの首都のクラブのスクールと変わんないねえ。
みていて感心したのは練習メニューのテンポが気持ち良く進んでいること。変に間延びしないので知らず知らずのうちにいろんな運動をこどもたちがこなしているのだ。みんな笑顔。

ミニゲームが始まった。

そういや練習場は人工芝だった。のだが踏み入れてみると柔らかさを感じるのに驚いた。ゴムチップが撒いてあるからだ。息子がボツリ、と「深川だなコリャ」うん、確かに深川(東京ガス深川グランド)の人工芝と同じだ。
転んだら血が出るような調布のどこかの人工芝ではないので、こどもたちは飛んだり跳ねたり実に活発だ。ぶつかりあいも激しいのだが痛がる子はいない。
特徴的だったのはGKの動きだった。フィールドの子たちのボールコントロールのレベルは某首都のスクールの方がはっきりいって上だと感じたが、GKのそれはこの年代とはおもえないようなレベルであった。これには驚いた。

なんといっても大きく違いを感じたのはこどもたちの感情表現。闘志むきだしでボールを追うとき。シュートが外れて悔しがるとき。ゴールが決まって喜ぶとき。そのすべてがストレートに自然発生しているのだ。
それにはコーチのリアクションも大きく影響している。こどもたちと一緒に叫び、笑い、喜ぶ。

急に涙がでてきた。
俺はこんなに楽しいフットボールをみたのがはじめてだった。否、久しぶりかもしれない。ガキの頃にストリートでやっていた頃に感じた喜びを再び感じた。
そしてこんなことを思った。

「俺はこんなに楽しくこどもたちを教えているだろうか?こどもたちと一緒にフットボールを楽しんでいるだろうか?」

俺も目の前のプレーにおもわず手をたたく。シュートをはずした子と一緒にくやしがる。ゴールの瞬間、ついつい飛び跳ねてしまう。誰かのカエルとびだ(笑)


ゴールを決めた子が片っ端から俺に向かって「どうだ!」とリアクションをもとめた。俺はそれに答えた。

ミニゲームが終わり、こどもたちはクールダウンに入った。俺はコーチにたくさんの感謝のことばをヘタクソエーゴで伝えた。
コーチは俺にいった。
「楽しいだろ?俺も楽しいんだ」
握手してくれた。
「トーキョーではなにをしてるんだい?」
「何を?」
「俺は医者だ」
「ああ!ワタシは、市場!トーキョーの市場で野菜を売ってます」
「お互いいつも休日は(コーチをしているから)これで終わっちゃうんだよな」
「そうですね」

ウイークエンドフットボーラー。
聞こえはカッコイイが、実際自分の休日が全部これだからしんどい生活なんだよな。と思いつついつまでもやめられない。

そんな同じ仲間に旅先で出会う。いいじゃないか。
ここのコーチたちは本当にカッコ良かった。

じゃ、そろそろ・・・とおもったそのとき。
思いがけないサプライズがあった。

「待っててくれ、いまからU13(の練習)がはじまるから」
「え?」
「あんたの息子」
「はい?」
「一緒に、プレーしていってくっれ」
「いいのでしょうか?」

こんどはU13のコーチが来た。ひとり。
もうみんな知ってるよ、て感じで笑顔で俺に挨拶をしてくれた。
あとからゾロゾロとU13の子供たちがついてきた。息子は上着を脱いだ。

ウォームアップからボールコントロールと、息子も他の子と一緒に淡々とこなしていった。
自分のチームでは5年生にしてリフティング・キングの息子のボールさばきに他の子は驚いていた。
ついさっき釣り人にどなられていたガキなんだがなぁ。

テンポのよい練習メニューが進んでいく。
ひとりだけすんげぇ子がいた。
さっきのU9コーチがぼそっとやってきて、あの子はマルタであの年代の最優秀選手なんだ。と教えてくれた。ちなみにマルタではU15から全島規模のリーグを展開しているらしい。彼は今後のマルタをしょって立つ選手いうことか。

息子の水を買おうと、下にあるバールにいく。
スクール生たちのご父兄とコーチたちがビールやワインを片手に盛り上がっている。いい昼下がりの光景だ。
もうすでに俺のことは話で伝わっているらしく、
質問攻めに会う。愛想よくイエスイエスと意味もわからんのに返事をする。エーゴは苦手なんだ!
30セントで水を買い、俺はまた練習場へと石段をあがっていく。

もうミニゲームがはじまっていた。
何人かの子供が俺にかけよって来てはこう言った。
「ヒー・イズ・グッド」
出来過ぎだ。んなコトあるかい。

息子を見る。いちばんチビだ。
いつも自分のチームじゃあボールをもちすぎてゲームのテンポとずれてしまう男だ。
ときどきわけわからん技を使っては失敗し、失点につながるピンチも連発するような男だ。

なぜか息子の姿がみえない。ていうかいつも感じるチームとのずれが見えない。
溶け込んじゃっているのだ。

U13コーチが、しきりに息子をあおっている。
エーゴだかマルタ語だかまったく意味がわからんが、息子はたぶんその通りにプレーして激しくボールを追っている。

「ナイスチェック!」周りの子もいっぱい声をかけている。驚くことに息子の名前を連発している。いつ聞いたんだ?

息子は本来の得意な位置で奔放なプレーを見せている。人にからみついてボールを奪うのが得意なのだ。それでいてシュートもガンガン打つ。いつのまにか左のトップに流れていき、いつのまにかコーナーを任されて、そのコーナーから相手のDFのハンドを誘発してPKを取る。
しかも同じシチュエーションから2発も連続してPKを奪うシブイコトをやってくれる。
ありえない。

ああ、いまいちばん楽しい時間だろうなぁ。

楽しさでいえばU9もU13も一緒だ。この年代でも子供たちは実に楽しくプレーしている。もちろんコーチもだ。
相変わらずのストレートな感情表現。

タイムアップ。
同点。PK合戦が始まる。
GK、KAIN(ケイン)君のパーフェクトなセーブでビブスなしチームの勝利。
4番目のキッカーの息子は左下の渋いところを
狙い撃ちしたが横っ飛びではじかれた。

クールダウン。
U13コーチとがっちり握手。
出口でコーチといっしょに子供たちに声をかけて握手した。

本部にいき、挨拶する。さっきのU9コーチがいない。しかたないので「チームマネージャーさんはいますか?」と聞いた。
なかにいたおばちゃんが「アタシヨ」とエーゴでこたえた。今日は本当にありがとうございました、と伝える。もう帰るの?と残念そうにいわれる。
「来年、ぜひ来たいですね。」


「ハラ、減った」
息子がはあはあしながら言った。またいぬねこみたいな奴に戻っている。

ヴァレッタの街は日曜日だ。ほとんどの店がクローズしていた。街ものんびりしていて静かだ。
バーガーキングだのピザ・ハットだのファーストフードの店もあったが、ちゃんとしたメシ屋は閉まっていて困る。しかたなく入った店は少々高かったがまあハラは一杯になった。

ヴァレッタのメインストリート、街にはオマワリの姿がない。オマワリを必要とするようなムードも見当たらない。吉祥寺サンロードの方がよっぽど必要なくらいだ。
街のあちらこちらにはなんと「インターネット公衆電話」がある。インターネットができるPCの端末がある電話の存在も驚くが、それが街中にごろごろある治安の良さにはおどろいた。

さて、どこいこうか?
はっきりいってなにも考えていない。
バスターミナルで、テキトーにバスを選んで飛び乗る。行き先など、知らん。
40セント。高いということは遠いところかな?
一緒にたくさんのお客が乗り込む。支払いにまごつくところを見ると、あんた、島の人じゃないね(笑)
団体サンは30代のOLさん?全員が完璧なイタリア語をしゃべっていた。

バスはヴァレッタを離れ、低い山の方へ向かっていった。
1月だというのにマルタは春のような陽気だった。ヴァレッタでは海風にさらされてきたので凍えるようだったが、ここらあたりでは雑草すら小花を咲かせている。霜が降りないのだろう。

ふと、遠くにスタヂアムがみえた。
いまさらながらバス路線図のかみっぺらをみてみると、ナショナルスタヂアムあった。
スタンドは無人。今日はマルタプレミアリーグの試合はないよ、とヴァレッタFCでいわれていたので訪問する予定はなかったが、近くまで行くとぜひ見たくなる。
ンムディーナ!と運ちゃんが低い声で叫ぶ。イタリアーナたちがきゃぁっと言いながらどかどか降りていく。俺も便乗して降りる。息子はねこのようにぴょん!と降りる(笑)

ンムディーナという街に入る。丘の上からスタヂアムが見えた。やはりクローズしていた。
ちいさなバスターミナルで、スタヂアム行きたいのですが、バスはどれでしょう?と聞きまわるが、俺の言葉が誰にも全く通じない。
参った。
ナショナルスタヂアム・ネイショナルスターヂアム・スタディオ!おい!頼むよ!
何をいってんだお前は!といわんばかりに周囲は困っている。
フォローするエーゴの単語が頭に浮かばない。上野でイラン人に話し掛けられてパニックした10代の頃を思い出した。

まあいいや。
今度はちがうバスに乗った。18セント。

バスは丘をくだり、スタヂアム至近を通ったのだが今度はバス停がどこにもない。
しかたねぇ、どこまででもいっちまえ。

途中、名前もわからんいくつかの街を通る。
日曜の風景。
家族がみんなでお出かけをしている。
巨大なドーム教会がある。たくさんの人が入っていく。
たくさんの車が家族を乗せて走っている。
驚いたのは、世界中の車がここにある。
フィアット・ルノー・メルセデス・フォ−ド・トヨタ・ニッサン・ヒヨンデ・セアト!
普通にヨーロッパで見るような風景とは違い、日本車はなんと「現行車」が多い。
はっとした。
トヨタの「VITZ」があるのだ。
ヨーロッパではVITZはVITZでなく「YARIS」だ。つまりVITZは日本の中古車じゃんか。
さらに驚くものをみた。

最大積載量2000kg(原文まま)

え?このISUZUは日本からの使いまわし?
面白くなってきた。まがりなりにもここはヨーロッパだ。新車もボロも世界中のメーカーの車が走り回っているこの国でしっかりと日本のお古が活躍している。
車屋もたいへんだなぁ。世界中からパーツいれないとだめじゃん。

ほどなくして、バスは海岸通りに出る。

俺は何も考えずにバスを降り、しらない街の海っぺりを歩いた。
荒っぽい波は相変わらず日本海で、リゾートチックなマリンハウスやらジャグジー付きプール(両方とも営業してないが)にざっぱんざっぱんと打ちつけている。
真冬の御宿海岸みたいなさびしい風景もOKだ。
途中、息子に「機内食第2弾」を与え休憩もする。
日も少しかたむいてきた。

さあ、ピクニックもここまでだ。

「ヴァレッタ!ヴァレッタ!」といいながらドアが開けっぱなしのバスに乗り込む。
運ちゃんが困った顔して「違う!」という。
じゃ、降りる。ソーリー。といいかけたところで、運ちゃんはもうそこが終点だ。ココで乗れ。と笑いながら言った。
5分もしないうちにバスターミナルについた。
料金は?と聞くと、運ちゃんは「いらね!」といわんばかりに手をあげてとっとと詰め所のトイレへとかけこんでいった。ありがとう。

詰め所を覗き、だべっていた運ちゃん連中に向かって「ヴァレッタ行きは何番ですか」と聞く。
運ちゃんのひとりが「ああ、俺だおれ」と思い出したかのように支度をし始める。「まだ待ってろよな」といわれる。
しばらくバスターミナルで息子とボールで遊んでいると、親父が後ろから来て「乗れ!」という。
バスを見て思わず笑った。

PARADISE

(たぶん)マルタの路線バスは個人のものだろう。とにかく古い。ビンテージなバスを思いっきりヒップにカスタムしてみんな運行しているのだ。ほとんどトラック野朗の世界(笑)。
PARADISEの運転席の真横にどっかりと陣取る。運転席回りのコテコテのカスタム具合に笑う。マリア様や十字架のキリストなんかもヒップなステッカーの中にちゃんとかけてある、そのわりにシフトレバーがしゃれこうべだったりもする。う〜ん諸行無常(笑)。

日差しがだいぶ横向きになった頃、PARADISEのエンジンが動き出した。すんげぇ爆音だ。
だだん、だん、だびだびだびだび
やはりドアはあけっぱなしのまま、俺らのねぐらのヴァレッタにむけて出発した。

また見たことのない色んな街をひとつひとつ通ってはいろんなひとが降りたり乗ったりしている。狭い道をバスは石壁をこすりそうになりながら爆走していく。
途中、一直線の長い長いくだり坂を通る。
80kmというすんごい速度でバスはかたっぱしから遅い車を追いぬいていった。
その迫力にはびびった。
ていうかちょっとハンドル操作まちがえたら、死んじまう。
空いたドアからみえるお外の超高速な風景に恐怖を感じながらも、なぜか気分がよくなってしまう。
死を一瞬でも意識すると、人間は自分の人生が脳の中でスライドショーをおっぱじめる。
俺は、離婚してからの最悪な人生の頃から思い出した。仕事を辞めて突然イタリアをこじきのように放浪したり、突然息子をひきとることになってからのバタバタな事態や、子連れのオンナとのわずか2年間の甘い時間やその最悪な幕引きなど、ダメダメな俺の人生が続いていく。

でも、こうして息子とこんな「休日」をとることができたんじゃんか。ほら。

夕焼けがフロントガラスに広がる。
爆音と振動、それを体感しながらふと目の前には逆文字で

PARADISE

そうだ、パラダイスだ。
この瞬間に自分の現在の幸福を感じた。

完全に暗くなってから、バスは見なれたヴァレッタのバスターミナルへと到着した。

宿へと戻る。ドアの前ではおじいちゃんが待っていて、ハロー、と手を上げた。
おばあちゃんに、明日の朝に離れます。といってから息子と階段を上がった。

部屋に入り、息子が「あっ」と声をあげた。
パーフェクトに部屋が掃除されている。
キタナイ息子の服もちゃんとたたんであった。
ありがとう。

息子に、明日寝坊するな!と告げる。
息子はとっとと歯をみがいて寝てしまった。

天井ではプロペラがくるくると回っていた。
プロペラだけに目をやると、さかながくるくると回っているようにも見えた。



(2004/1/4)

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