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日々是運動(コラム)

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ナーポリへ


1月5日

なんか目がさめた。
時は午前5時。予定より早い。
あまりにも時間に正確なきちんとしたカラダだ。
こういうきちんとしたカラダを普段の仕事にも活かせないものかととりあえず嘆く。
30分位経ったのちに息子がぱきっと起きる。オメーもだ、活かせ(笑)。

今日はマルタを出発して、ローマ経由でナーポリまで行かねばならぬ。乗り物に乗る時間が多い日だ。

外は暗い。下を見ると石畳に街灯がそっくり溶けだしているようだった。と、いうことは地面がぬれている?

ぐわーん、と一回だけ鐘がなった。

洗顔、ヒゲソリ、着替え、持ち物整理、とてきぱきとこなす。
事情があって荷物は最小単位なのでこのへんは早い。
服なんぞほとんど用意する気もなかった。下着が2日ぶんだけだ。こういうわけで親子とも若干臭い(笑)。やばいときは現地で買えばよいからだ。まだ買ってもいないが。

こどもが女の子だったらこんな旅はできないだろうなあ。としみじみ思う。

ぐわーん、ともう一発鐘が鳴った。俺は息子に,、ちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんにあいさつするように言った。ぐっもーにん、てな。

空がなかなか明るくならない。星も月も見えない。
階段をおりる。まだ早いのにばたばたと人の出入りがあるみたいで騒がしい。わからんマルタ語が飛びかっている。パンの焼けるにおいがしてくる。

ぐっもーにん。

息子はまた手招きされて食堂へ向かった。さっさと荷物をおいて自分の席をきめると「オトー、座んなよ」
まったくコノガキは。どこにいってもメシ食う段取りだけはきちんとわかってる。

今日はおじいさんがいろいろもってきてくれる。ついでにいろいろと話をした。
「日本はいいんだよ、俺は好きなんだ。車も携帯電話も日本がナンバーワンさ!イタリアもアメリカも好きじゃないんだ。」
ちょっとうれしかった。いろいろと俺もヘタクソエーゴで返す。ヴァレッタは本当にいいところですね。と。

外はどしゃぶりだった。イングリッシュティーをがぶがぶとのみながら、息子は遠くを見ていた。ねこでもさがしているのか。

それにしても雨、かなりの量である。
風はあいかわらず吹き続けている。マルタにきてからはずっと風が吹き続けているような気がするのだが。

食べおわらぬうちに、おかわりは?と聞かれた。この先の道中のことを考え、少し多めにたべておいた。イングリッシュティーをまたがぶがぶと飲んだ。

今日は月曜である。なんとなく街の雰囲気が昨日と違って「動いている」感じがした。
息子に傘をだすように言うと、俺はおじいさんおばあちゃんにたくさんのお礼のことばをヘタクソエーゴで伝えた。今度またきてね、というような言葉を言われた(がさっぱり理解できない)。
ありがとう。

俺はおばあちゃんに日本からこっそりもってきた「枯露柿」を全部あげた。歯がまだ丈夫なのかな?て心配もしたが。おばあちゃんは大事そうにしまう。

意を決して、立ち上がる。ざあざあざあと窓の外には雨しずくが見えた。
息子はコーモリ傘を、俺はコートのフードをしっかりかぶり宿を後にした。
雨は中からみたよりも細くやわらかく、ずぶぬれはまぬがれそうだった。石段の方からはだばだばと水があちこちから流れて走っていた。
ふと見ると、石段のわきっちょには「ねこえさ」の台がセットしてある。近所の家で外ねこの面倒をみているのだろうか。

バスターミナルに着いた。くる時に乗った路線バスの番号を忘れた忘れたとぼやいた。そしたら息子がしっかり覚えていて、教えてくれた。何のとまどいもなくバスにのりこむ。よしよし。

さっきからゲルマンチックなおばちゃんグループがバスターミナルのそこらでまごついている。運ちゃんはなんだかなあ、という顔で「エーアボルトッ!」と怒鳴っておばちゃんを呼んだ。案の定おばちゃん達は駆け込んできた。おばちゃんが乗るやいなやバスは走りだした。

国際空港行きのバスとはいえ路線バスなので乗客は生活感まるだしだ。当たり前だが。

バスは朝の通勤ラッシュの中、観光モードではないマルタのごく普通の街をすりぬけすりぬけ、空港へと向かっていく。否?乗客のほとんどは空港なぞ用事がないので「空港に向かっていく」という感じでもなく、「空港へとちょっと立ち寄る」くらいの感覚が正しいかもしらん。
空港へついた。ゲルマンチックなおばちゃん達がどかどかとおりたあとにそそくさと俺と息子がおりた。
不意に運ちゃんは息子に向かって何かいいながら笑顔で手を振った。

「バイ・バイ!」

・・・グッド・ホスピタリティ。

この運ちゃんはおばちゃんに怒鳴ったり、渋滞にいらいらしたりと、どちらかといえば気難しいタイプで恐縮してたのだが。

ありがとう運ちゃん。マルタでの〆はいい気分だ。

雨のルア国際空港。
カウンターにたどりついたら、もう出発まで30分。ヤバイ!あせる。
幸いエアー・マルタのカウンターには5、6人しかならんでない。よかった、大丈夫。と思ったのもつかの間。どこかでみたようなOLの三人組が並ぶのに疲れてギャーギャーわめきちらして前のカウンターにちょっかいをだしている。話す言葉はやはりコテコテのイタリア語だ。
やれやれ、といった感じで別の業務中の職員が臨時にカウンターをあけて対応。本当にやれやれだ。やっと俺の番に。

もう出発ですよね、すんませーん!

と俺はヘタクソエーゴでチケットをみせながら謝る。職員は怒りも笑いもせずにとっととチェックをすませた。

怒濤のように出国手続きをすませる。しかし俺はここで余裕をぶっかまして免税店を覗く(笑)
ふと、目の前にユニフォームがぶらさがっている。おおなんと奇遇な(笑)

手元に残ったマルタリラ推定4000円弱はローマではたぶん両替不可だ。俺は朝の市場の現場以来、ひさびさに秒単位の買い物に勝負をかけた。

俺が狙っているのはマルタ・プレミアリーグのユニフォーム。日本ならどこでも買えるようになったインテルやらマドリーやらを超高速でめくりめくりその先のブツを探す!
おお!ヴァレッタがあるではないか!しかし大人サイズしかない。あとはサイズだ。
息子と着回しできるように(どうせ息子はすぐ大きくなる)唯一のMをひっつかんだ。

勝負は負けだ。追金は10ユーロ。「飛び込み(=高いものを買わされてしまう)」だ。まあ仕方なし。

買い物終了後、ゲートには無線機を持った職員がこちらをみて笑ってる。ヤバイ!
どうやらゲートからは俺らが最後らしい。
すいませーん!
職員は別になんの注意もなくチケットをもぎった。

バスに乗り、ヒコーキへ。
風がびゅーびゅー吹いていて寒い。
小さい機体に乗客を一杯積めこむので、俺らが着いてもまだタラップに行列が続いた。

ふと、大荷物を持った東洋人の一団。それもかなりご年配の夫婦ばかり。みんな「いい感じ」の夫婦ばかりである。俺はごく自然に声がでた。
「ご旅行ですね」
おじさんはこちらをみてビックリしたが、丁寧な言葉使いで答えてくれた。@@ツーリストのパックツアーだというので俺は驚いた。マルタに来て一回も東洋人を見なかったのでまさかこの国がツアーのコースになってるとは知らなかった。まあそうか。
いいかんじのご夫婦が行くにはちょうどいいところかもしれない。

機内にのりこんだ。パックツアーの方々は全員前の方の「プリマクラッセ」だった。俺はなんとエコノミーの前列(といってもプリマからカーテン隔てた3列後ろだ)で、やはり行きとおなじく息子とは通路をはさんで座ることになる。
チェックでごねていた「おこちゃま」なイタリアーナOL3人組は俺の前の列だった。手荷物はあちこち転がすわ、しゃべくりだしちゃあどかどか前の席をけっとばすわ、やりたい放題。
その会話で前のジャポネがくさいだのどうしただこうしただのイタイ会話をしている。前のおじちゃんが聞いてないこと(イタリア語がわからんこと)を祈った。なまじ会話がわかるのが少々つらかったが、回りのお客もあからさまにプリマに落ち着いたジャポネを「異質」に感じている様子は読めた。
ただ、荷物が多いのと機内サービスの手間隙を考えたらジャポネのツアーはプリマにまとめておかないと手間なのだろうというエアーマルタと@@ツーリストの気配りだろう。

ヒコーキが動き出す。
いよいよマルタともおさらばだ。

離陸してから右側をみる。
マルタがどんどん小さくなっていく。島の様子が手に取るようにわかる。
「ヴァレッタだ」
息子がつぶやいた。

15分もしないうちにベルトのサインが消える。早くねぇか?まだ機内はがたがたふらふらしているのに。
まあ1時間ちょいのフライトなので(ミラノからは2時間だった)時間配分的にはいいのか。
おしっこがまんしてたので最後尾のおといれに歩いていく。みごとなる満席。全員にジロジロ見られるのもなんか普通になってきた。

あっというまにヒコーキはローマに着いた.
機内アナウンスでは雨模様といってたのだが、レオナルド・ダ・ヴィンチ空港は曇りだった。路面はぬれていた。

俺と息子はそそくさと降りた。
離れにあるCターミナルからひたすら進む。
俺は息子に言った。
「おい、ここからは気をつけろよ」
「え?」
「ミラノとか、マルタとは別の世界だ」
「そうなの?」
「俺から見えるところ歩けよ」
「うん」

ダヴィンチ空港にはいろんな人種の人間がいた。7年前と同じ光景だったので別に驚きはしなかったが、息子は人の多さに戸惑っていた。

入国審査がやたらめったら詰まっていた。非EUのチェックゲートにはぱっと数えて300人は並んでた。うんざりするほど多い。
あまりにもひとりひとりのチェックがおそいんで、なんか事件のニオイ?と思ったが、お昼時である。メシ食いに行った職員の分ゲートが閉まってたのだ。このへんは「お役所しごと」。

俺はロシア人の大家族の後ろについた。家族単位の審査ならたぶん通過時間は早いと勝手に推測。
さすがに東洋人とアラブ人の後ろは時間が食いそうなので外した。自分が東洋人で言うのも間抜けだが、こういう場所はアジアやアラブの人間には敷居が高い。どうしようもないこれがヨーロッパの現実なのだ。

息子をおどかす。
「お前、エーゴかイタリア語で自分の名前言えたっけか?」
「うーん駄目だよわからないよ」
「やべーなぁ、審査はひとりづつだべよ」
「やばい!どうしよう!」

審査はあっけなかった。「あれ、息子です」と指差す。審査官が強面のまま息子を手招きして、それに息子がガチガチになって反応する姿に笑う。何か言おうと「えー、えー」なんていうのがかわいかった。息子の話など聞いちゃいない審査官は問答無用にパスポートチェックを完了した。
息子のやった!という表情がおかしかった。

さて、再入国がすんだところでやらねばいかぬことがひとつある。
今日はナーポリに直行するとして問題は明日の移動手段。

明日はセリエB開催日なのだがナーポリはフオーリカーサ(アウェィ)でしかも開催地がバーリのサン・ニコラなのだ。時間は15時。
そして翌日は朝8時のヒコーキでココ、ダヴィンチ空港から成田まで帰らねばならぬ。
つまり、明日あさってはバーリから朝7時ごろまでにはローマまで戻らねばならぬのだ。厳しい。

バーリからローマまでは鉄道で6時間はかかるので、試合が終わったらすぐにローマに戻る列車に乗らなければならない。しかし当日は夜の列車の接続がなく、夜行の特急でローマ・テルミニ到着でも7時30分を過ぎるのだ。厳しい!

ヒコーキしかない。

と、いうわけでヒコーキの接続を確かめてなおかつ予約しなければならぬ。
とにかくヒマなぞない。アリタリアのチケットカウンターで聞いてみることにした。

「えーえー、失礼します。あさっての朝のこのヒコーキ(チケット見せる)でトーキョーにかえるんですが、明日は一日バーリにいるんです。乗り換え間に合うヒコーキありますか?」

受付のあんちゃんはどれ?と俺の成田行きのチケットの時間を見た。
そしておもむろにPCにかちんこっちんとやると、両手を上げて
「ない」
えええっ?何故に?
「満席」
じゃ、どうしよう!俺はすぐに「じゃ、明日は夜何時の便が残ってまっか?」と聞く。
あんちゃんはすぐさま
「7時」
試合終了後2時間。ぎりぎりだ。
チェックの時間期限は夕方6時か、大丈夫か?

・・・・・。

大丈夫。

そう自分にハッパをかけ、あんちゃんに告げる。
「大人1枚、子供1枚」

あんちゃんはコレでもかってくらい迅速な作業で発券した。ふたりで250エウロくらいだ。高い!さすが正規運賃。
しかし時間のリスク回避はしすぎる位しといていいのかもしれない。南部はナニが起こるかわかったもんじゃないからだ。

息子に水を買い、てくてく空港駅へと進んだ。
ナーポリまでのキップを買う。ナーポリメルジェリッナまでおとな1枚子供1枚、セコンダ。とささっと告げる。そうすると自動的に一番早い列車を選んでくれるのだ。
キップを見るとテルミニ乗り換えでテルミニで20分待ち。時間もちょうどよい接続だ。
しばらくしてレオナルドエキスプレスがやってくる。俺は息子と乗りこむ。

しばらくして、やや乗客もいっぱいのレオナルド・エキスプレスはするっと動き出した。

車内にはいろいろな言語が飛び交っていた。そのすべてを理解するのは無理だが、前後の人達のイタリア語を流し聞くとそのほとんどは海外旅行の帰りであるらしくかった。寒かったの雪がどうしたのこうしたのだとか、文句が多い。

街が「大きく」なっていく。大都会、ローマの雰囲気が出てくる。
ときおり息子が風景を見ながら「おぉー」とか「へぇー」とか声をだしている。息子の視線の先には水道橋が長く長く続いていた。テルミニが近いのか。

あっと思う間にもうテルミニだ。とてつもなく「離れ」のビナーリオ(プラットホーム)に到着した。そのはなれっぷり、高崎駅での八高線と同じ扱いである。長い距離をあるかせること。歩かせるといえば東京駅での京葉線よりはずいぶんマシなのだが。
7年前、ここに初めて降り立ったのは夜11時頃だったかなぁなんて思い出す。

テルミニは終着駅という意味らしい。ここは通過駅でなくすべての列車がいったんここにガン首をそろえるように一列に停まるのだ。その数は約20本。壮観である。
息子が「なんてローマってでかいんだ!」とおどろく。確かに。こいつはせいぜい立川と八王子くらいしか知らない。

さて。ローマはここまでだ。パニーニを買ったらとっとと違うビナーリオに移動する。

切符をちゃんとみてなかったのと、ただのICかと思ってたのとでとんだ赤っ恥をかいてしまう。というのはセコンダクラッセの席の空いてるところにどかどか乗りこんだあげく「ここは空いてるでしょうか?」などとわかったように聞いて、どかっと腰を降ろすと「あんたの席じゃないの!ちがうの?」とおばちゃんに怒られてしまったのだ。
今度はうしろから紳士が「全部予約席だぞおい」なんて言う。
あれぇ?
とりあえず切符を確認すると、はじっこにちゃんと号数と席番が。およびでないね、こらまた失礼(笑)
丁寧にお礼をいうと付近は爆笑の渦。

あらためて正しい号車へいく。兵役の中休みらしき若者どもが占拠したどまんなかが俺らの座席だった。

7年前と勝手が違うのは指定席のしくみだけではない。いわゆる「コンパートメント」がなく、2×2で真ん中通路という席割りなのだ(いちおう向かい合わせのボックス型だが)。
小田急ロマンスカーとなんら変わりない。

席番号を確認すると、自分の位置になぜか女がすわっている。なんだ?と思ったが、まあいちいち定位置守らなくても平気だろうとタカをくくってそのままでいた。
今度は兵役帰りっぽいオニーチャンの一団がどかどかとやってきた。パオロ・カンナバーロに似たオニーチャンが俺に向かって「そこ、あんたの席?」と聞いてきた。はいはい、これみてヨ!と切符を見せると納得・・・しなかった。もう一人の男の席がないみたいだ。
「あんれーおかしいねぇー?」と言うと急に女が席を立って疾風のごとく消えていった。
俺とカンナバーロが一緒に「なんだ?」のリアクションで苦笑い。もうひとりの男も安心顔で俺の向かいに座る。

車両は満席になったみたいだ。息子がパニーニに懸命にかぶりつく。落ち着いてメシ食う時間もなくてスマン。

列車が動きだす。15分もするともう田舎風景に変わる。
みごとな「ぶどうの丘」にさしかかった時に「ビリエットゥ、プレーゴ(切符みせやがれ)」と車掌がまわってきた。
車内でげらげらとしゃべくり騒いでいる連中もこの時ばかりは神妙だ。昔ぱくられて懲りたクチか?

連中が再びにぎやかになる。通路をはさんだ向こうのボックスにも仲間がいてこれまたやかましい。けど会話に嫌味を感じない。
連中の会話はテンポよく、自分のオンナの話、カルチョの話(カッサーノが使える使えないどうたらこうたら)、車の話、なぜかニワトリの話?を終わりなくベラベラと議論している。ニワトリは抜きにしてしゃべくる内容はどこの国も会話はまるで同じだ。

向かい側ではトランプともなんともいえぬカード遊びが始まる。周りがいちいち首をつっこんで茶化している。みていてもさっぱりわからんが。

そのうち誰かがバッグからおもむろに「MAX」を取り出す。表紙はアレナちゃんのおっぱい写真だ。おいおい。ちなみに「MAX」は日本でいう「週刊プレーボーイ」だ。おっぱい以外にカルチョやら時事問題やらも載っている。
となりのカンナバーロ君も一緒ににやけながらみている。男子寮じゃねえんだよココは!

息子はまだパニーニと格闘していて目の前に気が付かないので幸い。まあみたところで何のとまどいもないだろうが。

「MAX」が連中の間をいったりきたり旅している。このオンナどうだよオメー!なんて盛り上がっている。カルチョのページではカッサーノ一辺倒。リバウドがダメダメだという話もでてくる。

ふとカンナバーロ君と目が合った。俺が会話に苦笑するのに気が付いた?のだろうか。それともチラチラ覗く俺を見てなにか言いたかったのだろうか?連中も急に俺に注目する。
俺はさらっと言った

「こいつ(息子)が寝てないからそれを貸せとはいえないんだ」

大爆笑。となりの連中もつられて大爆笑。
ちょうど同じくして、車内アナウンスが流れている。
連中のげらげら声でわからなかった。

ヤバイ!ナポリ・メルジェリーナへ停まる途中の駅がいくつあるかを押さえておくのを怠ってたので困った。
なので連中に「次どこよ?」と聞いた。連中もよくわかってないらしく(ふだん列車はのらないのか?)、連中同士で違うべ!バカ!このナポレターノが!とののしりあってる。本当に馬鹿だ。

このナポレターノが!・・・ってネタにすること自体面白い。

ふと前にいた紳士が「ナーポリ・カンピフレグレイ、ナーポリ・メルジェリーナ、ナーポリ・チエントラーレ!」とおしえてくれる。

おせっかい気質もまた面白い。

列車はカンピフレグレイで少しの乗客を降ろし、メルジェリーナへと急ぐ。

俺は荷物を持つととっととデッキに向かう。オニイチャン達にありがとうを言おうとするが、連中もメルジェリーナで降りようと荷物をまとめていた。

メルジェリーナ到着。
連中も俺も息子もぴょん!とねこいぬのように降りる。
連中のうちのひとりが「ヘイ!」と息子を呼びつける。なにかなと思ったら息子の帽子をもっていた。息子が席に忘れたのだ。
いいやつだ。礼をいい、「この馬鹿ものめ!」と息子に軽く馬場チョップをかますと連中は受けていた。

今度は、「スィニョーレ!」とオバサンに呼びつけられる。びっくりしてたら、荷物!荷物!持って!持って!とせがまれる。どうやってこんなの持ってきたんだ?てくらいバカ重いナイロンの「買い物袋」の片方を持たされる。おばさんと一緒にホームを進むと、前方から男がやって来て俺にしきりに礼を言う。「息子、来たからもういいのよ」とオバサンは礼も言わずに今度はその息子と片方ずつ「買い物袋」を持つと、階段を降りて去っていた。

大好きなメルジェリーナの駅舎。ちっとも変わってなくてうれしかった。
キタナイナーポリの街にあって、しっとりと落ち着いた駅舎の雰囲気がなんとなく気に入ってるのだ。
駅舎で翌日の列車の時間を見るが、バーリ行きの列車がない。しかたなくキップ売り場の駅員に聞くととんでもない答えが返ってきた。
「バーリ?明日は休日だからカッセルタ乗り換えで4〜5時間見とけ」
え?地図で見ると近いのに・・・。
「バーリに昼頃着くにはどの列車がいのでしょう」
と聞くと、端末で調べてくれた。
「8時くらいのやつだ」
はあ。
「バーリ2時半くらいに着く」
うーむそんなに遠いのか、それとも列車の本数がないのか?

駅員サンに礼をいい、翌日は早起きだなぁと気合を入れる。

今日のねぐらは「ostello mergellina」である。いわゆるユースホステル。この旅では唯一事前に予約を入れておいたところである。
ココに決めたのは値段もあるが、駅からすぐのところにある気楽さもある。

駅から出るとすでに街はキタナく、割れたビンやらいぬのウンコやらがごろごろところがっている。車はブーブークラクションを鳴らせ続け、スクーターは信号お構いナシにどばどばと数10台と駆け抜けていく。

ナーポリだなぁ。

海臭い。
ちょっと高台にあるオステロには、駅から一度トンネルをくぐって坂道をあがって行くのだ。
坂の上から、駅のホームと港のほうが一望できるこのアングルも好きなのだ。

さて、カウンターに入るとする。
「ちわー。トーキョーからきました。」
「ああ、予約した?」
「Eメールで」
「してたっけ?」
もう、これである。しかし、1ヶ月も前のことだし料金だって払ってない。でも思いっきり閑古鳥シーズンなので満室の心配などない。

係はおもむろにシーツとカギをよこした。俺と息子はシーツを抱えながら部屋に向かった。
「これ、なに?」
「ふとんカバーだ。合宿みたいだろ」
「ふーん」
部屋に入る。2段ベットに息子がおどろく。
ユースといえど個室でドッチャ(シャワー)付きである。二人で一晩30エウロくらいであるのでまあ安いといえば安い。

重い荷物を部屋に残し、すぐさまナーポリの街へと繰り出した。

夕暮れ押し迫っていたが、多少は明るくて安心だったのでぐるぐるとメルジェリーナ周辺をうろつく。
7年前にメシを食った食堂は「CHIUSO」だった。しかたなく海っぺりに出てメシ屋を探すが、どこも空いてない。明日が祭日なんでもうとっとと終わりにしてるのだろうか?
しけてるなぁ。

仕方ないので、地下鉄に乗りチェントロへと行く事にした。
地下鉄っていっても、メルジェリーナの駅の同じビナーリオから乗るうえに車両もフツーの列車の車両みたいなので一見地下鉄には見えない。
何駅か揺られ、ピアッツァ・カブールでテキトーに降りてみた。

さて地上に・・・と思ったらビックリした。なんと別の地下鉄への乗り換え口なんぞある。
そこを通って地上に行くのだが、いつのまにナーポリは発展したのだとちょっと驚く。失礼か。

地上に出る。
イヌのウンコと割れたガラスビンがそこらに散乱し、車が隙間という隙間に停まっていて、スクーターが通りという通りを爆走している。

スクーターの排ガス。オイルの焦げた独特のニオイ。
数分に一度はいっせいに鳴り出すくるまのクラクション。
どこかでいつも鳴り出している車のセキュリティホーン。救急車の音。
街中に、それも歴史的建造物だろうがかまわず走っているストリートペイント(落書き)。

ナーポリだなぁ。

人の波をすりぬけすりぬけ、歩いた。
ここがどこかは忘れた。が、歩き出すうちに思い出すだろう。下れば海のほう、上れば山の方。どちらに行きついても目印ははっきりしている。つかれたらバールで休めば良い。
街はすっかり夜の風景だ。時間は6時。

ナーポリな人々がたくさん街を歩いている。いかにも仕事なさそうな若者。片足を引きずってなにかくだを巻いて千鳥で歩くオヤジ。そこらじゅうの紳士に「タバコくれよ」とおねだりする小学生!。みんな共通しているのは、瞳がドロっとしていてちょっと「イッちゃってる」感じなのだ。

もちろん、そんな輩は「他の街に比べれば、まあ多いかな」くらいで、大多数は一般の家族連れだ。みんな買い物したり、買い食いしたり。

古本街があった。息子が店先にあるねこの写真の絵葉書が欲しいというので小銭をくれてやった。30チェンティジミ(30c)だった。
こんどはギターやらマンドリンやらの工房が軒を連ねた路地がある。
古道具、雑貨、ローソク?。細い路地に無数の商店が延々と続く。どこまで続くのだろう。
息子はいいかげんナーポリの街の歩き方がわかってきたみたいだ。スクーターに轢かれないようにちゃんとはじっこを歩いているし、道に落ちているウンコもよけて通る。道路を横断するときもくるまのと切れるタイミングを計ってダッシュで渡るようになった。

ひとしきり通りを歩き、広場に出ると息子が
「おなかがすいたよ」
そうだな、なんか食うか。
ピッツェリアがあった。小さめのマルゲリータ2枚、3エウロ。
オヤジがマフラーをしてるので思わず聞いた。
「寒い?」
「いやー寒いよ。」
「トーキョーはもっとさむいぜ」
「何度?」
「5℃」
「じゃ同じだ」
「ソット・ゼロ(マイナスだ!)」
「ワーオ!」
焼けた。
広場の石にダベリながら、俺らはマルゲリータを丸めて食った。
ぱっと見よりもモッツアレラが大盛りで、食いごたえがあった。
息子は、そのボリウムになかなか食えずに格闘してた。

広場の反対側にはアフリカ人と中国人がペアになって電化製品のバッタ屋をやってた。
タバッキには雑誌がならんでる棚の上にナーポリのユニフォームがつるしてあった。
反対側のジェラッテリアでは、10人くらいの大家族がこの寒さの中ジェラートをみんなして食っていた。

疲れていたのだが、ふーっといい気分になる。この空気感、なんかいいな。

マルタの休日もそれはそれで良かったが、このどうしようもなく汚れた街にもなんか安心感をおぼえる。理由はわからんが。

明日は朝からカルチョをみるため、ナーポリの街を満喫するのもこの時間だけなのがちょっともったいない。

息子が口のまわりをオリーブオイルだらけにしていった。
「あー、食った」
口、ふけよ。

そばにあったバールに入った。
俺はカフェ、息子にはスプレムータをたのんだ。もちろん、立ちのみだ。

カフェは本当に美味かった。世界一うまいんじゃないか。
息子はピッツァで相当のどがかわいたのか、一気に飲み干した。
「うんめ〜!」

「さてと、ねぐらへ戻るか」
「うん、俺ねむいし」

現在地がどこかわからなくなった、が下っていけば海なので迷うことはないだろう。案の定大通りに出た。地下鉄の入り口を発見。

階段をくだって驚いた。
駅名はDANTE。あれ?きいたことねぇ。
さらにやってきた電車をみてびっくり。なんとちゃんとした「地下鉄」の車両なのだ。「ちゃんとした」とは失礼だが、ミラノの地下鉄みたいだ。
しかもきれいで路線図まできちんと車内にある。
信じられん。ショックを覚えた。

路線図どおりに次の駅で乗り換え、メルジェリーナ行きの「列車」地下鉄を待つ。
ナーポリも考えてみたら300万都市だもんなぁ、ああいう地下鉄があってあたりまえか。

メルジェリーナについた。坂道を登りながら、眠い眠いと二人でわめいた。

オステロのロビーには数名がくつろいでいるだけで、とても静かだった。

部屋に入るなり、俺と息子は2段ベットの下と上で、あっという間に寝てしまった。



(2004/1/5)

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